第一回定期演奏会

いつも応援している中学校の吹奏楽部が定期演奏会を開催した。

微力ながらお手伝いさせていただいた。

わがバンドから4名で伺った。

なにせ、年度末。

忙しい人ばかりなので、お手伝い可能な人が少なくて。

でも、みんな優秀なメンバーでお手伝いもぬかりなくきっと喜んでもらえたはず。

校長先生にもご挨拶いただき、写真も撮ってくださったよ。

くろプラは、保護者の方に我が子の晴れ舞台を見ていただくために、受付を引き受けた。

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# by kuro-pula | 2012-04-02 09:43

3月13日

父の命日。

あれから一年。

くろプラは自分がこれほどまでも父親っ子だったとは驚愕の一年だった。

いつも、かっこよかった父(見た目じゃないよ029.gif

一番記憶の古い父のかっこ良さ、は、すごく小さい頃父と二人で田んぼに行き、小川に足を入れて
一人で遊んでた。

すると、足に気持ち悪いヒルがくっついてる。

普通の泣き方じゃない泣き声をあげたくろプラ。

一瞬の間に、父が足元にいて、ものすごい速さでマッチをすった。

シュッ、サッ、ポイ。

こんな感じでヒルをあぶり落としてくれた。

父は死ぬまで頼りになる男だった。

いつも、周りの心配をして親族の面倒をみる人だった。

ゴッドファーザーみたい。

冗談じゃなく、父の葬式ではみんな途方にくれていた。

隣近所、親戚の葬式の世話は父が取り仕切っていたらしい。

かっこいい男だった。
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# by kuro-pula | 2012-04-02 09:35

いまさらだけど

3月11日、どのように迎えようかと思ってたんだ。

ちょうど良いことに職場からお誘いが。

井の頭公園での原発反対のデモに行こうと、いうお誘い。

保険医協会に参加することにした。

吉祥寺駅でみんなと(4人)と待ち合せ。

『震災復興、なくせ原発』だ。

東北からいらしていた被災者の言葉に涙した。

岩手県からいらしてた漁師さんのお話の結びが悲しかった。

おばあさんの言葉を東北なまりで語られた。

「今日も高校生の孫の弁当を作らねばならね。死んだ親の代わりにこの孫をひとりまえにすねばならねぇ」

2:46チャイムと共に黙祷。

涙が流れた。

その時、父は生きていた。

揺れる中でテレビにつかまっていたらしい。

隣の人が背中をさすってくれた。

集会終了後は井の頭公園から吉祥寺駅までデモ。

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# by kuro-pula | 2012-04-02 09:24

ああ、あこがれの福田パン

福田パンをちょうだいした。

夫の転勤で盛岡に住んでいた頃、知った福田パン。

美味しいんだな、これが。

高校生のころ初めて知った、似たようなヤマザキの『なかよしアーミー』(東北だけかい?)
も美味しかったけど、くろプラは福田パンのあんバターのしっとりとしたパン部分と、
素朴な味のあんが大好きだ~~

大きいんで、いつも食って・・・いや、食べてたら太ると思い、夫に
「転勤の辞令が出たらすぐに言って。福田パン二個食べるから」と宣言しておいた。

宣言通り、辞令とともに、あんバター1個、抹茶あんバター1個を愛情込めて(?)食べて
盛岡を後にした。

本店では、注文を受けてからパンに具を挟んでくれるらしいんだけど、くろプラは一度も
訪れたことがない。

そのうち行こう、行こうと思い結局そのまま。

盛岡ならあちこちのスーパーにおいてある、地元のパン。

くろプラは盛岡市立城北小学校向かいの「かしむら」で買った。


今回はdegipochiさんたちの東北土産。

degipochiさんたちもオーブントースターで温めて食していたが、そのまま食って・・・
いや食べても絶品だよん。

美味しかった~~ごっつぉさんでした
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そして、これも degipochiさんからの頂き物の秋田県大館市のアメっコ市のアメ。
大館市もくろプラ夫が懐かしがる地。
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# by kuro-pula | 2012-03-04 14:47

76歳

2月23日、生きていたら父の76歳の誕生日だった。

貧乏なくろプラは何もあげれないけど、せめて電話だけでも、と毎年電話をかけた。

ある年、すっかり忘れてしまい、後日「すねてたっけよ」と母。

父の日や敬老の日、誕生日も表立って物を欲しがらない父に、思い立ったときだけ
何かを送った。

くろプラの友人が父にと、筒状の容器に入った羊羹をくれた。

筒を突き出し、容器の側面に張り付いている糸で一口大に切って食する羊羹だった。

父は、突き出しそのまま食べてしまった。

情緒もへったくれもない、見ていても面白い父だった。

あまり物欲がない父に、妹が高級な毛糸でマフラーを編んであげたらしく、旅立ちの時それを
首に巻いてあげ「寒いからあったかくして」と泣いていた妹。

甘いものが大好きで、糖尿病に限りなく近い数値の時は母が鬼のように気をつけていた。

ある年、くろプラの息子の誕生日ケーキを一切れしかもらえなく・・・
翌日、早起きの父は台所で残りのケーキを自ら特大にカットしてるところを発見され
「へへへ・・・」と。

かわいいじいさんだった。

くろプラは一人でケーキをかってろうそくを立てて、一人で『Happy birthday』を手を叩きながら
歌った。

76歳の誕生日おめでとう!
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# by kuro-pula | 2012-02-25 10:48
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仙台の仲間達、みんな元気かな?


by kuro-pula
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